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お祝いメールを下さった皆さん、本当にありがとうございました。魚々子は…魚々子は、嬉し過ぎて鏡山から吠えたいくらいです(BK02さんしかわかりませんね)なかなかコメント返せないかも知れませんが、よかったら気長に待ってやって下さい

今日のカズマは保育器の中。多分明日からは同室です。

陣痛が始まって丸々一日以上かかりましたが、おかげさまで2752グラムの男の子を今朝5:38無事に出産致しました。

写真は旦那が撮りまくってますが、私はそれどころじゃなかったのでありません(笑)
抱かせてもらったカズマは無茶苦茶可愛かったです

詳細はまた後日でも。疲れた…とにかく眠たい……。

昨日の夜からお腹が痛み始めました。

結局陣痛は来ず、旦那の盆休み中に出産を終えるという野望は果たすことが出来ず、盆休み明けの定期検診日を迎えました。


「日本以外全部沈没」はつまらなかったです。
チクショーー!!金返せ。

陣痛の前兆があったものの
全然お腹が痛くならず、
2日間はただひたすら自宅待機しておりましたが、
さすがに3日目ともなると夫婦ともにこの状況に
飽きてまいりまして・・・・・・










今日は午後からTSUTAYAに行って
「太陽」と「日本以外全部沈没」をレンタルして
きちゃいました(爆)

さすがに歩くとお腹に響いたけど、それでも陣痛らしき
痛みはこなかったです・・・うーん。
病院が言うみたいに一週間くらいかかっちゃうんなら
まだしばらく暇をもてあましそうだなぁ〜・・・。

うっ・・・ついに私も年貢の納めどきが来たようです。




陣痛の前兆が来ました。
病院に電話したら、10分間隔でお腹が痛くなってきたらまた電話してとのこと。



え?・・・・今のところお腹はちっとも痛くないよ?

詳しく聞くと、前兆から陣痛まで数日かかる場合が
あるとか。てぇことは、今日痛くなって今日生まれるってことはあまりないと考えてよさそうです。

さっき旦那にメールでお知らせしたら慌てて帰って
来るって返事が来たけど、まずったかしら・・・ま、いいか(爆)

というわけで、もぞもぞと入院準備をして、今はお腹が痛くなるまで自宅待機中です。
このブログも退院するまでしばしお休みをいただくことになりそうですね。すいません

洗濯物を干してたら
遠くサイレンの音が聞こえてきて
慌ててNHKに合わせました。

そう、今日は「ながさき平和の日」

長崎市長や安部総理の挨拶、地元小学生の平和の歌
唱和などがありましたが、やはり被爆体験をされた
おじいちゃんの挨拶が印象に残りました。

おじいちゃんは長崎に原爆が投下された当時6歳。
被爆地から1.5キロ離れた丘で
3歳の妹を連れて蝉取りに興じていたそうです。
爆音を上げて米軍の飛行機が飛来してきたので
呆然と立ち尽くしていた妹の手を取って、
慌てて近くのくぼみに身を潜めた刹那・・・
真っ白い閃光と爆音にさらされ、気が付けば
周りは瓦礫の山。慌てて妹を探し、瓦礫の中から
見つけ出し自分の背中におぶって逃げたそうです。
妹は酷い火傷を負い「お母さーん!」と泣き続け、
それを見かけて助けようと近づいてきた大人の方が
妹を背負う兄(おじいちゃん)を見て
なにもせず立ち去ったというのです。

気付けば、おじいちゃんの左わき腹には
竹が突き刺さったままだったのです。
近寄ってきたオトナはこの子は助からないと
思ったのでしょう、とおじいちゃんは言いました。

最後の締めは聞けませんでしたが、おじいちゃんは
終始大きな声で話し続けてました。
すぐ死ぬと思われた少年が、62年経った今も
元気に戦争体験を語り、平和を訴えていると思ったら
ドバーーーーっと涙がこぼれました。

おじいちゃん、まだまだ元気でいてくださいね。

そういえば昨日のサガテレビで
私立図書館で原爆写真展をやってるといってたので
午後からでも観に行ってこようかな。

インコのむーちゃんがw




まぁ、これまでの私のブログの傾向を知ってる方なら
引っかからないとは思いますが。

ここ数日、籠の隅っこに留まってることが多いなぁと
思ってたら旦那が一言、


「むーちゃん、卵産んでる!」


えぇーーー!?

自分の腹の子のことしか頭になかったから
まさかインコに先越されるとは思ってなかったよw



でも・・・今まで我侭で、凶暴で、落ち着きのないインコ
だったむーちゃんが、今は卵産んでかいがいしく抱卵してる姿を見てると無性に愛おしく感じます。

誰が教えたわけでもないのにちゃんと卵を温めてるよ、なんて思ったら感動すらしてしまうわ。






「河童のクゥと夏休み」を観終わった後、ふっと浮かんだ言葉をタイトルにしてみました。
(ちなみにレタスバーガープリーズOK,OKでの稲造さんの台詞です)

どうしてこうもオロカなのか。

クゥが生きていた江戸時代で、己の立場が危うくなるという恐怖から侍はクゥの父を斬り殺したし、それから何百年たった現代でも、主人公康一は気になる女の子がいじめられているのを己の保身ゆえに助けもしない。

なりゆきで女の子と言葉を交わせるようになり喜んでる半面、彼女が引越しをすることになったと泣き出しても
優しい声ひとつ掛けることなくその場から逃げ出してしまう。普段は「うざい」「うっせぇブス」などといきがって外側は鎧で武装していても所詮中身はまだガキ、他人を気遣えるほど成長してはいないのだ。

オッサンを拾ってきたのは康一。
でも世話をしているのは結局は母親。

クゥのおかげでテレビに出られるとはしゃぐ康一。
おっかねぇと怯えるクゥにその理由など聞きもしない。

だからこそクゥは康一のそばを離れるしかなかったのではないだろうか。

クゥに出会ったことで康一は成長したのか?
答えはNOとしかいえない。結局クゥを救えたのは
同じ妖怪のキジムナーだったことがそれを証明していると思う。人間が異形のものを受け入れられる器にまだ成長していないのだと突きつけられた気がした。

ただ、救いは別れ際に康一がクゥの心の声を聞けたこと。人間はオロカなままではいけない、きっかけを与えてくれたクゥや自分自身のためにも臆病なままではいけないのだ。
そんな可能性を見せつつ映画は終わりを迎える。

なんてかなり辛口な意見を書いたけど
映画の内容自体は素晴らしいのですよ。
本来はきっともっといい子なはずの康一という
キャラクターを、あくまでも「どこにでもいそうな
現代っ子」に設定したのも「あえて」でしょうし、
そうすることで観た人にそれぞれ考えて欲しいという
監督のメッセージだと思うんですよね。

それに出てくる子供達の細かな描写が実にリアル。
康一の妹が最初はクゥを邪魔者にしてたのに、だんだん心を許していくさまは見事。
お父さんの腕を抱いて動揺するクゥの姿に真っ先に反応し、泣き出したのが妹でした。キジムナーの元へ行くというクゥに「今度いつ会える?」と言いつつ、会えないと判ってるから号泣するんですよね。

菊池さんも、康一という友人を持つことができたことで
帰ってこない父の靴を捨てられた。彼女も父の帰る場所が自分の家じゃなくなったことが判っていたのだろうけど、いじめっ子にそれを言われ、自分で認めることが出来なかったのでしょう。「話をしてくれてありがとう」と引越しすることで分かれる康一にお礼をいい、感極まって泣き出す菊池さんに私もつい貰い泣き。

しかし最たる感動キャラは犬のオッサンでした。
最初のご主人に、いじめのうっぷん払いに蹴る、殴るの暴行を受けたために逃げ出したオッサン。
康一に付いていったのもそのご主人に似てたから。
康一の家に飼われることになっても決して可愛がってもらってるように見えなかったけど「恩がある」というオッサン。
クルマに跳ねられ、息絶える間際でも
最初のご主人を案じているオッサン。

犬って動物は・・・・だめだ、切な過ぎるよ。

というわけで、決して観て爽快になる映画でないけれど
いろいろ考えさせてくれる「河童のクゥと夏休み」。

よかったら見て欲しい映画です。


テーマ:映画★★★★★レビュー - ジャンル:映画


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お買い物が済んで帰ろうと駐車場に戻ったら、あおっちの隣に初めて見るランティスが。


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