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ぐーたらな自分が嫌い

知ろうとしない自分が嫌い

気がつかない自分が嫌い

他人を恐がる自分が嫌い



そう思ってたけど

結局、自分に甘い私は

自分が一番好きなのだ

そんなことにも気付かない自分が

やっぱり嫌い

でも好き・・・なんだろうな

いまさら罪深いなと思う

さっき、洗濯物を干してるところへ
2階のNさんとこの奥さんが帰ってこられたので

「こんにちは〜」と声をかけました。

Nさんとこはもうすぐ2歳になる男の子がいて、
ちょこちょこ歩き回るので目が離せない
なんて話をされました。
そんな立ち話をしてる間も子供が先に
走っていって、奥さんも苦笑。

話もそこそこに子供を追いかけ別れ際、

「よかったら今度お茶でもいきませんか?」

と誘ってくれました。

私にとって初の地元での「ママ友」です。


ただそれだけのこと。
でもなんだか嬉しいw

洗濯物を干してたら
遠くサイレンの音が聞こえてきて
慌ててNHKに合わせました。

そう、今日は「ながさき平和の日」

長崎市長や安部総理の挨拶、地元小学生の平和の歌
唱和などがありましたが、やはり被爆体験をされた
おじいちゃんの挨拶が印象に残りました。

おじいちゃんは長崎に原爆が投下された当時6歳。
被爆地から1.5キロ離れた丘で
3歳の妹を連れて蝉取りに興じていたそうです。
爆音を上げて米軍の飛行機が飛来してきたので
呆然と立ち尽くしていた妹の手を取って、
慌てて近くのくぼみに身を潜めた刹那・・・
真っ白い閃光と爆音にさらされ、気が付けば
周りは瓦礫の山。慌てて妹を探し、瓦礫の中から
見つけ出し自分の背中におぶって逃げたそうです。
妹は酷い火傷を負い「お母さーん!」と泣き続け、
それを見かけて助けようと近づいてきた大人の方が
妹を背負う兄(おじいちゃん)を見て
なにもせず立ち去ったというのです。

気付けば、おじいちゃんの左わき腹には
竹が突き刺さったままだったのです。
近寄ってきたオトナはこの子は助からないと
思ったのでしょう、とおじいちゃんは言いました。

最後の締めは聞けませんでしたが、おじいちゃんは
終始大きな声で話し続けてました。
すぐ死ぬと思われた少年が、62年経った今も
元気に戦争体験を語り、平和を訴えていると思ったら
ドバーーーーっと涙がこぼれました。

おじいちゃん、まだまだ元気でいてくださいね。

そういえば昨日のサガテレビで
私立図書館で原爆写真展をやってるといってたので
午後からでも観に行ってこようかな。

「河童のクゥと夏休み」を観終わった後、ふっと浮かんだ言葉をタイトルにしてみました。
(ちなみにレタスバーガープリーズOK,OKでの稲造さんの台詞です)

どうしてこうもオロカなのか。

クゥが生きていた江戸時代で、己の立場が危うくなるという恐怖から侍はクゥの父を斬り殺したし、それから何百年たった現代でも、主人公康一は気になる女の子がいじめられているのを己の保身ゆえに助けもしない。

なりゆきで女の子と言葉を交わせるようになり喜んでる半面、彼女が引越しをすることになったと泣き出しても
優しい声ひとつ掛けることなくその場から逃げ出してしまう。普段は「うざい」「うっせぇブス」などといきがって外側は鎧で武装していても所詮中身はまだガキ、他人を気遣えるほど成長してはいないのだ。

オッサンを拾ってきたのは康一。
でも世話をしているのは結局は母親。

クゥのおかげでテレビに出られるとはしゃぐ康一。
おっかねぇと怯えるクゥにその理由など聞きもしない。

だからこそクゥは康一のそばを離れるしかなかったのではないだろうか。

クゥに出会ったことで康一は成長したのか?
答えはNOとしかいえない。結局クゥを救えたのは
同じ妖怪のキジムナーだったことがそれを証明していると思う。人間が異形のものを受け入れられる器にまだ成長していないのだと突きつけられた気がした。

ただ、救いは別れ際に康一がクゥの心の声を聞けたこと。人間はオロカなままではいけない、きっかけを与えてくれたクゥや自分自身のためにも臆病なままではいけないのだ。
そんな可能性を見せつつ映画は終わりを迎える。

なんてかなり辛口な意見を書いたけど
映画の内容自体は素晴らしいのですよ。
本来はきっともっといい子なはずの康一という
キャラクターを、あくまでも「どこにでもいそうな
現代っ子」に設定したのも「あえて」でしょうし、
そうすることで観た人にそれぞれ考えて欲しいという
監督のメッセージだと思うんですよね。

それに出てくる子供達の細かな描写が実にリアル。
康一の妹が最初はクゥを邪魔者にしてたのに、だんだん心を許していくさまは見事。
お父さんの腕を抱いて動揺するクゥの姿に真っ先に反応し、泣き出したのが妹でした。キジムナーの元へ行くというクゥに「今度いつ会える?」と言いつつ、会えないと判ってるから号泣するんですよね。

菊池さんも、康一という友人を持つことができたことで
帰ってこない父の靴を捨てられた。彼女も父の帰る場所が自分の家じゃなくなったことが判っていたのだろうけど、いじめっ子にそれを言われ、自分で認めることが出来なかったのでしょう。「話をしてくれてありがとう」と引越しすることで分かれる康一にお礼をいい、感極まって泣き出す菊池さんに私もつい貰い泣き。

しかし最たる感動キャラは犬のオッサンでした。
最初のご主人に、いじめのうっぷん払いに蹴る、殴るの暴行を受けたために逃げ出したオッサン。
康一に付いていったのもそのご主人に似てたから。
康一の家に飼われることになっても決して可愛がってもらってるように見えなかったけど「恩がある」というオッサン。
クルマに跳ねられ、息絶える間際でも
最初のご主人を案じているオッサン。

犬って動物は・・・・だめだ、切な過ぎるよ。

というわけで、決して観て爽快になる映画でないけれど
いろいろ考えさせてくれる「河童のクゥと夏休み」。

よかったら見て欲しい映画です。


テーマ:映画★★★★★レビュー - ジャンル:映画


先日の昼休み、会社でお弁当を食しながら地元新聞紙を
ペラペラとめくっていて、ふと視界の端に入ってきた文字がなにやら気になりました。

それを確認しようと視線を戻すと、普段は滅多に気にしない「お悔やみ」のコーナーに見覚えある人の名前がありました。

K町に住む「H.Mさん(49)」・・・・間違いありません、
随分前ではありますが、以前勤めていた会社の先輩だった方でした。

お悔やみの欄なので亡くなった理由などは判りませんでしたが、偶然1年程前に偶然電器量販店で再会したときの、やつれた笑顔が頭の中に蘇りました。

当時、私は21歳位の頃。
高校を卒業してすぐ入社した会社が3年で倒産したため、
次の転職先として入社した会社でH.Mさんと出会ったのですが、3年経ってもなかなか世間に慣れておらず、社内でも殆ど会話に参加してこない暗い私になにかと声を掛けてくれる方でした。
特にクルマの話が好きで、「三瀬峠で昔はよく走ってたよ」と話してくれてましたが、今でいうところのドリフト族のはしりだったのかな。走り方を熱心に語る姿はとても30代には見えないほど若く、頑なだった私もいつのまにか彼に影響されて話にのめり込んでいったのでした。きっとH.Mさんは私を助けようなんて気はさらさらなかったでしょう。でもあの時期に彼のような人物に出会えてた、それだけでも私には感謝に値する気がするのです。

来月にはこの世に生を受ける子を宿していると、逝く魂があるからこの子が生まれてくるのかなぁなどと
思ったりします。

49歳、事故だったのか病気だったのか知る由もありませんが、ただご冥福を祈り、残されたご家族の幸せを願うばかりです。



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